自助とはなにか公助とは何か

菅内閣に代わりスローガンのように使われる自助・共助・公助。それではそれぞれがどんな意味合いを持つのだろうか。

公助・・公的な助け・・・国、県、市など行政

共助(互助を含め)・・お互いの助け・・・地域、市民、国民

自助・・自分の助け・・自分

災害に当てはめると、まず自分自身の身の安全を守り(自助)、地域やコミュニティといった周囲の人たちが協力して助け合う(共助)。そして市町村や消防、県や警察、自衛隊といった公的機関による救助(公助)となる。

この例では「自分の身は自分で守るのが基本、だからまずは自助」ということになる。

 公助は大きな力を持つが、平等でないとならないのでどうしても対応に遅れがあるし、ケースごとの細かいところまで目が届かない。かわりに共助では、地域のコミュニケーションの中での助け合いなので、ケースにあった支援が迅速に可能となる。

 ここで重要なのは「できることを、できるところがやる」ということで、「公助できないことは自助・共助で」の意味である。少なくとも「公でやらなければならないことを、自助・共助に押し付ける」ことではない。

 裏返せば「自助・共助でやれることを公助に頼ってはいけない」ということにもなる。公助を受けるということは、いくらかの制約も付く、自助・共助でやることはそれだけ自由度も高い。自由社会の国であればあるほど、自助・共助を高める必要もあり、これを見守りながらセーフティネットとしての公助が機能することが望ましい。

  昨今は緊縮財政のため、必要な公助までを削り、自助・共助に変換しようとする思惑で、言葉だけを使われているの風潮があることの危惧がある。